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立ち聞きする気など毛頭なかった。そもそも立ち聞きや聞き耳をたてることなど、物心つくかつかない頃から「行儀の悪いこと」と教えられてきたのだ。
だからこそ、これまでうっかり女官たちのひそひそ話や、父と母のこそこそ話の場面に出くわしてしまった時、足音を忍ばせて、そっとその場から離れていったのだ。
だがこの時は訳が違った。広大な庭園の片隅、誰からも忘れられたようにひっそりと佇む東屋のそのまた先、カルミアの花に囲まれた芝生の上に寝転んでいた時だった。
一国の王女が芝生で寝転ぶなんて。
もし宮廷の誰かに見られたら、たちまち両親や教育係、宰相やら何やらかんやらの耳に入り、外出禁止になることは免れない。よって、ここに来る時は、誰にも見られぬよう──否、誰にも見られず宮殿から出ることなど不可能である。たとえ見られたとしても、ただ庭を歩いてくるだけで芝生に寝転んだりしませんよというふうを装うのだ。
爽やかな初夏の風が水色のドレスをふわりと包み、賑やかな小鳥たちの囀りに耳を傾けながら、ぼんやりと空を見つめていた。
どこまでも青く澄み渡った空に、ぽつりぽつりと浮かぶ真っ白な雲がゆったりと流れていく。何人たりとも踏み込むことの許されぬ、自分だけの特別な時間。
夏がきたら、18歳になってしまう。周りの人間たちは既に、結婚だの結婚だの結婚だのと騒いでいる。
生まれてからずっと、王宮のなかで生きてきた。王宮だけが世界だった。このままこのちっぽけな世界だけで生きるなどまっぴらごめんだ──イーリスは、その愛らしい金色の三日月のような眉を僅かにひそめた。
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