はじまり

3/24
前へ
/264ページ
次へ
せめて兄か弟がいたらよかったのに、といつも思う。兄か弟が父の後を継げばまったく何の問題もなかった。 だが自分は女だし、妹も女だ。頭脳明晰容姿端麗、慈悲深くカリスマ性のあるどこぞの貴族のお坊っちゃまを、宮廷人たちは不眠不休で探しだし、新たな国王に据えなければならない。 それを思うと宮廷人たちが少々気の毒ではあるが、だが、では私の気持ちはどうなるというのだ。王女だから自分のことは二の次であるのが当然だというのか。 無意識にため息をついた。目を閉じ、鼻からすぅっと息を吸い込む。土と草と甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。1日のうちの、ほんの僅かな自由な時間、憂鬱に染まってはもったいない。 ここジェルサ・レーアは、小国ではあるが平和な国だ。 海に囲まれた島国であることも、血気盛んな国からの侵略を阻む理由のひとつだが、それでも百年ほど前までは、山の如き戦艦が押し寄せてきたこともあったという。それらを退け、以後それらを近付けないようにしたのは、時の国王の策略であった。  ──ジェルサ・レーアには魔物が棲む そのような噂を流し、更に信憑性を高める為、祭司を「魔導師」と称するようになったのもこの頃からであるという。 (他の国ってどうなのかしら。本当の魔法使いっているのかしら) 閉じていた目を僅かに開く。青い空に響く鳥たちの鳴き声。風にそよぐ葉擦れの音。こんな清々しい世界に魔物なんて──魔法だの魔法使いだなんて。先の国王はよくそんな嘘を思い付いたものだ。 イーリスはクスクスと小さく笑った。だがすぐに笑いを呑み込んだ。 葉擦れの音に混ざり、規則的な、紛れもない何者かの複数の足音が、ゆっくりと近付いてくるのが聞こえてきた。
/264ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加