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せめて兄か弟がいたらよかったのに、といつも思う。兄か弟が父の後を継げばまったく何の問題もなかった。
だが自分は女だし、妹も女だ。頭脳明晰容姿端麗、慈悲深くカリスマ性のあるどこぞの貴族のお坊っちゃまを、宮廷人たちは不眠不休で探しだし、新たな国王に据えなければならない。
それを思うと宮廷人たちが少々気の毒ではあるが、だが、では私の気持ちはどうなるというのだ。王女だから自分のことは二の次であるのが当然だというのか。
無意識にため息をついた。目を閉じ、鼻からすぅっと息を吸い込む。土と草と甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。1日のうちの、ほんの僅かな自由な時間、憂鬱に染まってはもったいない。
ここジェルサ・レーアは、小国ではあるが平和な国だ。
海に囲まれた島国であることも、血気盛んな国からの侵略を阻む理由のひとつだが、それでも百年ほど前までは、山の如き戦艦が押し寄せてきたこともあったという。それらを退け、以後それらを近付けないようにしたのは、時の国王の策略であった。
──ジェルサ・レーアには魔物が棲む
そのような噂を流し、更に信憑性を高める為、祭司を「魔導師」と称するようになったのもこの頃からであるという。
(他の国ってどうなのかしら。本当の魔法使いっているのかしら)
閉じていた目を僅かに開く。青い空に響く鳥たちの鳴き声。風にそよぐ葉擦れの音。こんな清々しい世界に魔物なんて──魔法だの魔法使いだなんて。先の国王はよくそんな嘘を思い付いたものだ。
イーリスはクスクスと小さく笑った。だがすぐに笑いを呑み込んだ。
葉擦れの音に混ざり、規則的な、紛れもない何者かの複数の足音が、ゆっくりと近付いてくるのが聞こえてきた。
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