一話

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一話

 幸せな夢を見たせいか、櫻色の涙が頬を伝って、ぽたりと床に落ちました。  どんな夢だったかしら。思い出そうとしていると、太陽が昇るまで揺られているはずだったハンモックが、天井から吊り下がっているのに気づきました。いえ、むしろハンモックこそが正解。私の方が、天井にひっついて寝返りを打っているのでした。寝相が悪くてやんなっちゃう。天井を蹴って床に戻ると、ふわぁっと大あくびが漏れます。  寝ぼけた足取りで、窓際の革張り椅子にどうにか腰かけ、しばらく自分の名前を唱えます。 「ココ・フィララスカ・ヨーエル……ココ・フィララスカ・ヨーエル……ココ・フィララスカ・ヨーエル……」  呪文みたいだけど、れっきとした私の名前。  朝に弱いので、まず自分が誰かを確認するのが一日の始まり。十回も唱えると「ココ」は私の名前で、「フィララスカ」は母が受け継いできた偉大なる家系名で、「ヨーエル」は私が生まれる前に七百五十歳で亡くなった祖母の名であることを思い出します。  体の指先から足先までが「ココ・フィララスカ・ヨーエル」として形作られて、頭のなかにある星型の硝子製ランプに明かりがついたら、今日の私が完成です。     
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