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「俺の兄貴な、今は香港の社の方を任されてんだけど、そこの秘書とイイ仲だ。二人共堂々たるもんで、たまに帰国した時だって四六時中ベッタリ。あんまり開けっ広げなんで、親父やお袋も周知の仲だ。俺も最近は違和感すら感じなくなってきたってのか、今じゃかえって兄貴が女連れてる方が想像できねえくれえだよ」
だから偏見の感はまるでない、といったふうに薄く微笑う。
その笑顔が酷く懐っこくもあり、はたまた新鮮にも思えて、一瞬ドキリとさせられる。
形容し難い安堵感とでもいおうか、不思議といい心地になって、けれども何だか酷く切ないような気分にさせられたのも確かだった。
氷川が同性愛に理解がある、あるいは免疫があるということがうれしかったというのも事実だが、彼の兄たちの話を聞いたことで、しばし忘れ掛けていた昼間の出来事を思い出してしまったのだ。
そう、割合うまくいっていると思っていた恋人に別れ話を切り出されたのは、ほんの半日前のことなのだ。昨日の今頃には、夢にも想像し得なかった話だった。
「はは……なんかすげえ羨ましー。そーゆーの、すげえ理想ー」
少々情けない声で口走ってしまった。そんな様子が意外に思えたわけか、氷川が怪訝そうな表情でチラりとこちらに視線を向けたのを感じた。
「情けねえ声出してんじゃねえよ。たかだか振られたくれえ、何だってんだよ」
失敬な物言いをする男だ。が、完全には否定できないのも事実で、故に苦笑させられる。
「っるせーな……」
「らしくねえぜ。昔のてめえからは想像も付かねえわ」
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