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付き合って早一年になろうかというこの男と知り合ったのは、行き付けのゲイバーだ。
スラリとした長身の、だがそれでいてどこそこ華奢なつくりの色白の肢体、紳士的でいて生真面目な性質、そのすべてが新鮮で、当初の軽い遊び心を通り越してすっかりとこの男に嵌まり込んだ。
常に従順で穏やかで文句なしの理想の相手だったはずの恋人に、信じ難い言葉を突きつけられて面食らったのも束の間、仕舞いには『他に好きな男ができたから君とはもうこれきりにしたい』と驚愕極まりない突飛さで捨てられた。
三行半の言葉に反論する気力も一気に失せる。
――こいつは誰だ。
今、目の前でワケの分からない戯言をほざいているこの男を、つい先日まで腕に抱いて、甘い夢を見ていたことさえまるで幻、それこそが夢戯言のような気にさえさせられた。
冷や水をかけられた――などというどころじゃない。怒鳴る気も失せ、かといって今の彼の機嫌をとり持つ気力も到底湧かない。
「全部――ね。なら好きにすれば?」
ちょっとばかり余裕をかますつもりで、苦笑いをして見せた。
どうせ気まぐれか我が侭に決まっている。ちょっと拗ねているだけかも知れない。そうでなければ悪い夢だ。
目が覚めればいつもの穏やかな笑顔でおはようの挨拶を交し合う。
ああ早く目覚めたい。こんな嫌な夢の続きなどに興味はない。
だが現実だった。
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