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氷川にしてみればそんな様子も酷く意外だったのだろう。頬を赤らめて恥じらいを隠そうと、しどろもどろに視線を反らす様子など学生時代からは想像さえ付かない、別人そのものだ――何も言わずとも彼の視線がそう語っているのが分かる。
まるで急激に湧き上がった欲情を抑えられないとでもいうように、目の前の漆黒の瞳の中には焔の赤が獲物を狙う獣のように揺れていた。
「……んだよ、急にッ! おい、氷川ッ! てめ、聞いてる!?」
「ああ、聞いてる」
「……とにかくてめえのソファに戻れって……。んな、これじゃまるで……」
「――まるで、何だ」
「や、その……有り得ねえっしょ? これって、その……すっげやべえ……雰囲気」
何でもいいから会話を繰り出し、この淫猥な雰囲気を壊さなければと焦燥感が止め処ない。冰は大袈裟におどけてみせた。
だが、氷川の方はまるで聞いているのかいないのか、ますますもって距離を縮めながら瞳を細めてくる。まるで押し倒さん勢いで体重を掛けられそうになって、咄嗟に膝蹴りを繰り出すかのように両脚で彼の身体を押しやった。が、それと同時に、幸か不幸か、焦って動いたせいでローブが開けて太腿が丸出しになってしまい、更に焦る。それをピンポイントで逃さず捉える目の前の男の視線は既に餌を前にした雄の野獣のようだ。
片や熱気を帯びた視線、
片や焦る視線、
互いに呆然と見つめ合いながら、しばしの間、沈黙が二人を押し包んだ。
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