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考え直す時間を与えてやろうか――、そんな思いでほんの半日ばかり部屋を空けた隙に、半同棲状態だった彼の持ち物は綺麗さっぱり消え失せていて、残り香さえも感じられなくなっていた。
ガランとした広過ぎるこの部屋は、独りだという実感を噛み締めるのにはもってこいと言うべきか。皮肉な話だ。
財閥の御曹司として生まれ、何不自由なく今まで来た。
学業を終えてからは好きなジュエリー・デザインの道に足を突っ込んで、今では他人も羨む都心のど真ん中の高楼に自社ビルを構えての左団扇、悠々自適の生活だ。
若くして天才アーティストなどと呼ばれ、二十八歳の若さで、あっという間に都内一等地にスタンディング・ショップを持つまでにのし上がった。
無論、実家の後ろ盾が大きいことは言うまでもないが、それも運と実力のなせる業と、現状には至極満足していた。
何より、思春期を過ぎたあたりから気が付いた『同性にしか興味が湧かない』といった事実にさえ、周囲の誰一人奇異の視線を向けることもなく、両親でさえどちらかといえば理解を示したくらいだから、実に快適過ぎる境遇であったのは確かだ。
そんな自分に憧れて寄って来る人間は数知れず、まさか誰かに捨てられるなどということは、夢にも想像し得なかった話だ。
傍から見れば羨ましい限りの、自らでさえ世の中こんなにうまくいっていいのかと思う程の極楽人生の中で、それは雪吹冰にとって初めて味わう苦い体験であった。
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