0人が本棚に入れています
本棚に追加
これは、私がばあやから聞いた話です。私の住んでいる地域は昔一つの村で、その村には多恵という少女が住んでおりました。
ある日多恵が洗濯をしていると、足元から小さくか細い声がしました。多恵が思わずそちらを見ると、足元に黒猫がいます。
「おかえり、こなつ」
多恵は黒猫の頭を撫でます。黒猫も、心地良さそうに目を細め、手のひらに頭を押し付けました。どうやら、散歩にでも出ていたようです。黒猫は多恵が生まれた年に飼い始めた猫で、十年間共に暮らしてきました。
この村には、とある儀式がありました。それは、猫飾祭(びょうしょくさい)と呼ばれる儀式でした。一家に一匹猫を飼い、十年に一度、猫の頭を神に捧げるのです。そして、胴体を家族で食べると安泰に過ごせるというものでした。この儀式では通常、猫に名前を与えると情が移り食べられなくなると言われていたので、猫に名前をつけません。しかし、多恵は密かに猫を「こなつ」と呼んで可愛がっていました。
多恵は、こなつを抱いて振り返ります。そこには、いくつもの棒が地面に突き刺さっていました。井戸の裏は神様の降りる場所。その棒の先には、何百匹もの猫の頭が捧げられてきたのです。
「多恵ー、早くしなさーい」
母の声が聞こえて、多恵は「はーい」と返事をしました。きゅっと抱えた腕の中のこなつは小さく鳴いて、多恵を見上げました。
*****
空は暗く落ち果て、星が煌めいています。その下、井戸の脇に村人は集まり、輪になって天高く上る火を見つめています。村長はパンッと手を叩いて村人の注意を引きました。
「さあ、今日は十年に一度の猫飾祭である。おぬしら、準備は良いか?」
はい、と切れの良い返事がします。しかし、その声に応えられぬ者がいました。多恵です。多恵にとっては初めての猫飾祭。昼間のように腕に抱いたこなつは、きょとんとした顔をしています。
ニ"ャオッ
耳にやけにうるさく響いた断末魔に、多恵はビクンと肩を震わせました。顔見知った村人が、猫の頭を切り落としたのです。
「ほら、多恵。猫を貸してごらん」
父が手を差し出します。しかし多恵は首を振り、「……いや」と呟くと、村の方へ駆け出しました。
「多恵!」
最初のコメントを投稿しよう!