0人が本棚に入れています
本棚に追加
――暗闇に松明がちらつきます。猫の死体もそのままに、村総出で多恵を探しているのです。隙間から射す灯りに、こなつを引き寄せ、顔をうずめる多恵。その時、丸まった背中が壁に当たり、カタンと音を鳴らしました。
「そこかっ」
勢いよく開く扉。多恵は、家の蔵に身を潜めていました。見つかってしまっては逃げ場がありません。
「猫を渡すんだ。頭を捧げ身体を喰わねば元気に過ごせないぞ」
それでも多恵は涙目で首を横に振ります。
「……嫌だ。ずっと、一緒に過ごしてきたもの。こなつも、生きてるもの」
「こなつ……?」
父は多恵が猫に名前をつけていたことに激昂し、多恵の袖を力ずくで引っ張り、こなつを奪い取りました。
「いやああっ」
ミ"ャオウッ
――真っ赤な血が飛び散り、ごろん、と多恵の前に小さな頭が転がりました。綺麗な金色だった瞳は白目を剥き、舌が力なく垂れています。父は、ふんっと背中を向けました。
「……なんで」
父は、震える小さな声を聞きました。再び多恵を向くと、多恵がその小さな頭を鷲掴みにし、貪り始めたのです。
「多恵!? 何をしている!」
その瞬間、どこからか微かに、しかし確かに声がしました。ミャーン、ミャー、ニャアオ、ミャーォ、ニィヤアアア……。
「頭を喰らうのが神ならば、これからは私が神になる。村の安泰など、私が守ってみせる。だから、もう、猫を喰うのはやめてくれ……」
松明に照らされた多恵の目からは、滝のように涙が溢れていました。頬に浴びた血と混じり合い、顎を伝います。
ミャーン、ミャー、ニャアオ、ミャーン、ニィヤアー…………
ニャアアアアアアッ
村人たちの足元を無数の影が駆け、多恵に集まっていきました。多恵の足元から、腹を、胸を、みるみるうちに黒く染めていきます。
「……あ…………あ…………」
やがて影は多恵を覆いつくし、どろっと溶けて跡形もなく消えていきました。多恵は、そこにはいません。松明の明かりが、地面に残された血の跡だけを照らし出していました。
「……消えちまった………………」
誰かが呟いた時、わあっと泣き崩れる姿がありました。多恵の母です。父も唇を噛みしめ、村人たちまで泣きそうな顔で佇んでおりました。
最初のコメントを投稿しよう!