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君には顔がありません。たったの一色を用いて塗りつぶされたように、君には顔と呼ばれるものがありません。そのため、当然ながら、君の表情を僕が知ることはできません。
なので考えてみることにしました。
想像してみることにしました。
君の泣いた顔、起こった顔、笑った顔、優しい顔。ころころと頭の中で回して探って、いろいろと考えてみました。がんばって捻って、考えてみました。
けれどもやはり、ピンとくるものはありませんでした。
「ねえ、君はどんな顔をしているの?」
ある日、意を決して、僕は君に問うてみました。手を伸ばして、求めるように、訊ねてみました。
すると君は、伸ばした僕の手をとることもせず、悲しげな音と共にこう言うのです。
「君と、同じ顔をしているよ」
よくわかりません。
わからないので、自分の顔に手を触れて、首を傾げます。ペタペタ、ペタペタと確かめるように鼻や口に触れて、首を傾げます。
「僕と、同じ顔? じゃあ君は、今、とっても不思議、という顔をしているの?」
返事は返ってきません。
どうやら違うようです。
ますますわからなくなった僕は、頭の後ろに感じる柔らかな感触に身を投じるように、上半身から力を抜いて息を吐きました。
見上げた場所にはなにもありません。そこには君と同じく、一色で塗りつぶされたように、無というものが広がっています。以前まではこんなことなかったのに、不思議なことです。
「……単色の世界はつまらないね」
僕は言います。
すると、君は答えます。
「そうだね。でも、直にいろんな色が見えるようになってくるよ。晴れ渡った空の青、私が向いたりんごの赤、この部屋を染める清潔な白。いろんなものが見えてくるよ」
「君の顔は?」
「もちろん見えるよ。昔みたいに……」
やけに震えた声でした。苦しみを押し殺したようなそれは、覚えのある感覚を、感情を、僕の中で膨らませます。
悲しい、という、なんとも言いがたいものを、僕の中で……。
「……ねえ、君は今、悲しい顔をしているの?」
不安を吐き出すように、僕は君に問いました。
すると君は、そんな僕の不安を、拭いとるように答えます。
「ううん。悲しい顔はしてないよ。私は君と同じ。とっても素敵に笑っているよ」
それはとても辛そうな、彼女を事故で庇い、変わりに光を失った僕への
優しい優しい、嘘でした──。
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