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「この神社の注連縄、ふつうと逆なんだってさ」
そんな話を聞いたのは誰からだったであろうか。覚えてはいなかったが、それでも鳥居をくぐる度に思い出すのは、その言葉だった。
春先市は、数年前の市町村合併により、一市二町二村が一つになった、やたらと面積の広い市である。
川渡美邑が住む地域はその合併に巻き込まれた村の一つで、かつては一角村といった。今でこそ電車が通り、県庁所在の市まで行くのにも気安くなりはした。しかし、元々が「陸の孤島」と呼ばれるような、何もない田舎であり、その気風は根強く残っている。
鏡戸神社はそんな一角地区において、地域の中心とも呼べる、いわゆる「コミュニティーセンター」的な役割を担っている。実際、村の集会所は神社の階段の麓に建てられており、神主は地区長でこそないものの、むしろそれを越えた相談役のような立場にいる。地域で一番大きな祭りも鏡戸神社で行われており――つまりは、古いながらに今でも寂れることなく、なんとか上手くやっている神社の一つである。
美邑はその神社に続く、長い長い階段を跳ねるように登っていた。石造りで、段の高さがまちまちである。一歩踏み出すごとに、長いポニーテールが背中でさらりと揺れる。
階段の麓にある一の鳥居をくぐり、階段を登り終えた先には、大きめな二の鳥居がある。それを階段の中程から見上げると、階段の一番上に男が一人、腰かけているのが見えた。
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