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朱色に染まる室内は、まるで時が止まったかのようで。遠くから、微かにヒグラシの声が聞こえてくる。
じっと見つめた理玖の顔は、部屋と同じ朱色だった。
「……川渡」
「あたし、行かなきゃ」
よろけながらも立ち上がり、美邑は呟いた。
「……行くって、どこへ」
「分かんないけど」
色を濃くする夕日に目を細目ながら、美邑はきっぱりと言う。
「やらなきゃいけないことがあるから」
そうだ――泣いている場合ではない。
もし、今日が十年前のやり直しになるのだとしたら、これから起こることにもきっぱりと向かい合わなければ。
出口に向かって歩く美邑の足取りは、思いの外しっかりしていた。そう、歩かなければ。
背中を押してくれるのは、心臓の微かな疼き。これは、きっとモモだ。ずっとそばにいてくれると言った、モモだ。
――これまで怖がって、締め切っていた心の扉をね。ほんのちょっと、開けば。
そしたら、きっと。ほんの少し、勇気を出せば――きっと。より良い日々が待っているのだと、モモは言った。それを望んでいるのは、他でもない美邑自身だから。
扉を開ける。それが、例えどんなに勇気のいることであったって。それが、美邑の心の奥底にある本心なのだから。それに気づいてしまったからには、後戻りなんてできない。そのために、モモは美邑の中に、還っていったのだから。
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