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拝殿の階段を降りきる。そこからほんの数メートル先に立っていたのは、昊千代だった。
「おまえ」
途端に低い声を上げる理玖の手を、ぎゅっと握って押し止める。
「……昨日の約束通り、迎えに来たのだけれど」
相変わらず笑みを浮かべながら、昊千代が呟くように言う。理玖のことなどまるで無視し、じっと美邑を見据えたまま。
「どういうことかな。君は確かに、鬼に成ったはずなのだけれど」
「は?」と頓狂な声を上げる理玖の手を、もう一度強く握りしめる。驚いた顔をする理玖に小さく笑いかけ、美邑は胸を張った。
「あたしは。もう、貴方とは行けない」
美邑が言いきった途端、昊千代のまとう空気が変わった。
「それは――つまり。何百年も君を待っていた僕を捨てて、今の家族やそいつを取るってことかな」
理玖が小さく身じろぎしたが、ちらっと美邑を見、口は開かなかった。とにかく、状況が理解できない今、余計なことは言うべきではないと判断したのだろう。代わりに、今度は理玖が、美邑の手を強く握ってきた。
「――そう。あたしは、お父さんやお母さん、それにりっくんと、この世界で生きていきたい」
一言一言はっきりと、美邑は言い放った。それは、美邑にとって決意であり、祈りでもあった。
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