第三話 バケモノ

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※※※  「よいしょ」という軽い掛け声と共に、美邑は窓から身を乗り出した。 「おい……大丈夫かよ」  不安げな理玖の声が、足の方から聞こえてくる。それに「大丈夫」とだけ返して、バランスを調えながら、両足を窓のふちに置く。ランチバッグは左手首にぶら下げる。両手は窓の上側を逆手で握り、思いきって上半身を外に出しながら立ち上がると、涼しい風が髪とスカートを撫でて行った。 「本当に大丈夫かよ……」 「大丈夫だってばぁ」  軽く請け負い、逆手でさんに引っ掛けていた手を、順手に直し、上を見る。少し離れた位置に、屋上の手すりがあった。 「ぃよいしょっ!」  躊躇なく、足元のさんを蹴って跳び上がる。悲鳴のような音が、聞こえた気がする。  伸ばした手は屋上の手すりを危なげなくつかみ、それに息を吐いてから、一気に身体を引き上げた。 「よい…しょっ」  手すりを乗り越え、無事屋上に辿り着くと、美邑は校内に続く扉の鍵を開けた。がちゃりという音と共に重い扉が開き、理玖がげんなりした表情で入ってくる。 「おまえ……まさか、昼休みいつも今みたいなことしてんの?」 「え? うん、まぁ……」  誤魔化すように笑いながら美邑が頷くと、理玖は溜め息をつき、「見られないようにやれよ」と言いながら、近くのフェンスにもたれるようにして座り込んだ。 「その辺は……まぁ、心得てますよ?」  袋を漁り出す理久から少し離れた場所に座り、美邑もランチバッグを開ける。お気に入りの黄色い弁当箱の中身は、唐揚げに、ピックに刺さったミニトマトとチーズ、茹でたブロッコリーと、にんじんのきんぴら。  コロッケパンを取り出した理玖が、ひょいと覗き込んでくる。 「うわ、美味そう。唐揚げ一個くれよ」  許可する前に伸びてきた手から弁当箱を守るように、美邑は身体の向きをさっと変えた。 「絶対、イヤ。どうしてもっていうなら、コロッケパンのコロッケと唐揚げ一個とを交換」 「それはそっちの暴利じゃね?」 「等価交換でしょ。コロッケと唐揚げだったら、圧倒的に唐揚げの方がタンパク質多いし、むしろ譲歩してあげてんの」  「コロッケなくなったら、コロッケパンじゃねぇじゃん」と口を尖らし、理玖は手を引っ込めた。それにほっとし、美邑も体勢を戻す。
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