終話 千切れた心臓は扉を開く

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 鳥居をくぐり、階段を降りかけると、緋色の着物を着た白髪頭が腰かけていた。その人は美邑に気がつくと、ゆっくりと振り返り。柔らかく微笑むと、そのまますっと消えていった。 「朱金丸さん……」  初代の朱金丸。人間により追放された神――その残滓。  子孫である美邑が鬼と成り、『裏側』に来ることを望んでいたらしいが――人間として生まれた娘を、人間の中で育てるよう仕向けたのも、また彼で。  人間への友情と、憎しみと、配偶者であるトモエへの愛が入り交じった複雑な気持ちを、眠りながら抱き続けているのだろう。  消えた方向にぺこりとお辞儀をしてから、美邑はまた歩き出した。  青よりも深く、爽やかな色をした空を見上げ、その輝きに目を細める。  あの十年前の夏から、ずっと一緒だったモモは、もう隣にはいない。だが時折、心臓の辺りにうずきを覚えることがいまだにある。その度に、心の中にはモモがモモとしていて、美邑の背中をそっと支えてくれているのだと感じる。  千切れたものは、完全になど戻らない。だからいつか、ひょっこりと――何気ない顔して、またモモが隣に現れたりする日が来るのではないかと、そう思うことがないでもない。  そのときはきっと、「お帰り」と笑顔で手を繋ぎたいから。胸を張って、また会いたいから。  今はモモが取り戻してくれた、当たり前の日々を、全力で進まなければならないのだ。  そのための扉はまだ、開いたばかりなのだから。
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