第一話 日常は突然に

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 突っ伏しているため、顔は見えない。しかし見事な白髪から、おそらく老人であろうことが伺える。この地域は年寄りが多いため、早朝に老人が一人、神社にいたとしてもさほど不思議はなかった。ただ、目立つのはその格好だ。鮮やかな緋色の着物は、無地だが派手で珍しいものだ。  軽く息を切らしながら、美邑はその横を通り過ぎた。ちらりと視線を向けると、老人の背は小さく上下しており、眠っているのだろうかと首を傾げてしまう。  二の鳥居をくぐると、拝殿が見えた。美邑は制服のスカートの裾を払い、そちらに近づく。財布を取り出そうと、左手をスクールバッグに突っ込みながら歩いていくと、常と違う様子に気がついた。  拝殿には、太い注連縄が掛けられている。それが、真ん中から切れて垂れていた。 「うわぁ……昨日の風かなぁ」  昨夜は風が強く、ここに来るまでの道にも、あちこちに枝葉だのゴミだのが転がっていた。ビニールハウスが飛んでいってしまった畑もあるようで、余程の風力だったことが知れる。この注連縄も、そんな風の被害にあったのだろう。  拝殿をちらりと覗くと、奥の祭壇が見えた。この神社には、御神鏡が祭られているのだが、普段はふたのある箱に納められ、参拝者が見ることは叶わない。神社の関係者ですら、もうかなり長いこと御神鏡本体を見ていないらしい。  参拝者に見えるよう、立て掛けられるようにして祭壇に飾られた黒い木箱。そのふたが、開いていた。  ふたのない箱には、鏡が一つ収まっていた。鏡と言っても、歴史の教科書などで見たことがある「銅鏡」に近い形をしている。反射面は、外から射し込む光に輝いてはいるが、おそらく百円均一の手鏡ほどにも鮮明に物を映さないだろう。  だが。  その鈍い輝きを見た途端、美邑は思わず目をそらしてしまった。門外不出の御神鏡を見てしまったためだろうか、やたらと胸がドキドキ鳴っている。 「あれ……いいのかな」  見てはいけないものを見てしまった。
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