無い

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 その後、今度はゆっくりと頭を上げると、その老人は由紀乃の手を取った。 「何と言ってお礼をしたらいいのか。そうだ、何かお返ししたいんだが」 「いえいえ、お気になさらずに。困った時は、お互い様ですよ」  由紀乃はそう言って満面の笑みを浮かべた。  俺は心の片隅で、お礼位貰ってくれてもいいのに、などと、少し下衆な事を考えていた。  いつまでたっても、何度も何度もお辞儀をして、由紀乃を開放してくれなさそうな雰囲気を見て、俺は由紀乃に声を掛けた。 「悪い、ちょっとトイレ行ってくるから、少しだけ待ってて」  俺は一度車に戻ると、車のキーと財布を持って、館外に設置してあるトイレに向かった。  一瞬、その老人と目が合ったが、俺はすぐに視線を逸らした。
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