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「あなた、いつからそこにいたの?」
ボディースーツのファスナーを胸が隠れるまで上げようとしながら、レイは叫ぶように男を問いただす。
「あ、いや~~あ、川があると思って来てみたら君が立っていて……」
「そ、そう……」
男の首がこちらを振り返るように少しだけ動く。
「まだっ! まだ向かないでっ!」
こちらの言うことを素直に聞く所をみると悪い人間ではなさそうだ。
ファスナーはまた途中で限界を迎え、胸は盛大にはみ出したままだ。レイは赤いマフラーを巻いて胸の谷間を隠す。
「こっちを向いてもいいわよ」
男は黒い革パンツにブーツ姿で、黒い上着には中途半端な和装の甲冑部品が取付けられている。黒いマントを身に着け、腰には大小の刀。背中には弓と矢を背負っていた。
「あの、君は人間……?」
「そうよ、他に何に見えるって言う分け?」
男は沈黙して少し考え込む。
「その、森の妖精とか、滝の精霊かな? と。だいたいこんな森の奥で人間に会うのは初めてだから……」
「――妖精……」
妖精と言われて悪い気はしないが裸を覗かれて喜ぶ訳にもいかない。レイは太刀を腰に着けてブーツを履き、これからどうしようかと考えた。
「ここにいてもしょうがないわ。歩きながら話しましょう」
ともかく二人は一緒に街を目指すことにした。
「私の名前はレイ。あなたは?」
「俺はタケシだ」
名前、風貌からして日本人にしか思えないが、この世界でその日本人に会うのは珍しい。レイは思い切って聞いてみる。
「あなた、日本人……よね?」
「ああ、君も?」
レイは頷き、それ以上何かを聞くのは止めた。この世界で余計な詮索はタブー視されていたからだ。
先頭を歩くレイは空中に浮かぶ黒いふわふわした物体を見つける。
「何かしら、これ? 嫌な感じねえ……」
「待てっ!」
不用意に手を伸ばすレイをタケシが後ろから制する。
「下がってて……」
空気を読んだレイが後退りする。
タケシが腰の日本刀の柄を握ると、刃が空中を走り一瞬で鞘に戻った。黒いふわふわした物体は二つに割れ、白く粉々に砕け散り、風に流されていく。
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