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あの夜、空には煌々と星々が瞬いていた。
フィオナは腰まで届く濡れ羽色の髪をはためかせながら、軽やかに丘の頂上まで駆けていった。
『フィオナ! 待ってよ!』
『ううん、待たない。もう、私にはあまり時間がないの』
先に丘の頂上まで駆け登っていった彼女がなんでもない風に放ったその言葉は、僕を酷く不安にさせた。月を背負って僕を見下ろしていたフィオナは、透明な水のように濁りのない瞳で、僕をまっすぐに見つめていた。
『ユキト、今まで有難う。貴方は、私の全てだった』
彼女が柔らかく微笑んでそう告げた時、僕は最初、彼女の言葉を受け入れられなかった。
次第に、喉に熱い塊が押し寄せてきて、視界が揺らいだ。唐突に、闇に蹴落とされたような気分になって、目の前がじわじわと暗くなっていった。
――だってそれはまるで、別れの言葉みたいに聞こえた。
僕らは、フィオナが旅人としてこの村にやって来た三年前に出逢った。
僕は一瞬で彼女に惹かれて、あっというまに恋に落ちた。
儚げでいて凛としたフィオナの姿を初めて見た時から、脳裏に焼きついて、全然離れてくれなかった。
それはきっと、ほとんど運命みたいなものだった。
前からそうなることが決まっていたかのようにすんなりと僕の恋人になったフィオナは旅をやめて、この村にとどまり、僕の恋人となった。
どこへ行くにも彼女が傍にいる日々は、僕にとって幸福そのものだった。
ずっとずっと、この幸せが続いていくはずだった。
何の前触れもなく、こんなにも唐突にあっさりと終焉を告げられるなんてことが、あって良いはずがなかった。
『な、にを、言っているの? 僕らは、これからもずっと一緒で……』
『私にとっての貴方は、たしかに私の全てだった。でも、ユキトにとっての私は所詮、貴方にとってのほんの一部でしかないの』
『そんなこと……』
『ううん。私はユキトのために他の全てを捨てて、この村に留まった。でも、貴方は、私の為に何かを投げ打ったことは一度もなかったわ。温かい村の人たちと、世話焼きの幼馴染にいつも囲まれていて、誰からも愛されている貴方。ユキトはきっと、私がいなくても幸せなの』
彼女が清らかに微笑んだ瞬間、心臓をバラバラに千切られていくようで、呼吸がうまくできなかった。
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