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「婚約者だった人に追い掛けられて逃げようとするんですが、最終的に追いつかれる夢が続いてて……」 「婚約者、だった人?」 先生の手が一瞬止まって、再開されるまでの間、私は左の手首をちらりと見た。 あゆみ先生から頂いた、ゴツい腕時計の陰に隠れているのは、濃淡様々な幾筋もの傷痕。 あの人と結婚するのは嫌だと、何度思った事だろう。 あの人に追い掛けられるのも、触れられるのも嫌だと思う度に傷が増えていったんだ。 ジョディと叔父に助けて貰ってロンドンから帰国して、そろそろ2週間。 現実におけるあの人は、何だかんだで収監の身だから私を追い掛ける事は不可能の筈なのに、未だに夢を見続けるのは何故だろう? あの人の呪い? …それもない訳じゃないだろうけど…私を呪いたいのはむしろ母だろう。 吟味して漸く見つけた、折角の婿候補を、娘は嫌った揚げ句撃退しちゃったのだから。 ―――私は、このまま呪われたままなんだろうか? 生きている事は許されないんだろうか?
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