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手を合わせ、二人は朝食の咀嚼を始める。きつね色のトーストに、孝彦は目玉焼きを丸ごと乗せ、醤油をかけた。彼女はトーストをちぎり、その欠片に目玉焼きの黄身を絡める。孝彦と彼女はあまり会話が得意ではなかった。それでも、彼らが二人で居る時にテレビやラジオが点けられる事はなかった。
「大丈夫?」
ふと、心配そうに彼女が言った。
「問題ないよ」
孝彦は答えた。度重なる転職を続けた孝彦は、ある仕事に身を落ちつけようとしていた。深夜から早朝まで、線路の保守点検作業を行う仕事だ。面接先の親爺は、孝彦の熊のように大柄で、思慮深そうな目を見るなり、ぜひ来てくれと言った。大変な仕事だけれど君ならきっと性に合う、やりがいのある仕事だからね、と根拠もなく捲し立て、無理矢理握手をさせられた。それだけで、ああ、この転職も失敗だろうな、と孝彦は思った。思いはしたが、物珍しい仕事内容と高い日給への興味が捨てきれず、彼はそのまま頷いた。そうして、明後日から勤務が始まる。
「深夜の仕事だから、会える時間が少し変わると思う」
「夕方くらい?」
頷いて、孝彦は考える。彼女は何の仕事をしているのか。三年ほどの付き合いの内に、尋ねた事はなかった。
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