ある孤独の枯渇

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ある孤独の枯渇

 目の前を通り過ぎる、無関心な足の群れを眺めていました。  いくつもの足が規則的に動き、私の前を驚くほどの速度で通っていくのです。  時に私の身体につま先を引っ掛けては舌打ちをしたりしながらも、波は緩急を伴い止むことなく流れ続けていきます。  朝の駅前の大通り。  空を見上げるには眼の前が騒がしすぎる時間でありました。  それでも憂鬱なかびた天井を眺めているよりはずっと気持ちが晴れますので、私はよくここに座っておりました。 「おお、曇天さん。久しぶりさね」  声の方向に目を向けると、ボロボロの衣服に空き缶のつまった大きなビニール袋をさげたボサボサ頭の中年、シケさんが立っていました。  シケさんがこちらへ歩き出すと足の群れが割れ、まるでモーゼの奇跡のようにシケさんを避けていきます。私の横に「どっこいしょ」と腰かけたシケさんが、しけもくに火をつけました。  くたびれた浮浪者が二人。  足は先ほどよりも遠くを歩いていきました。 「曇天さん、こんなとこでどうしたべ?」  曇天さんというのは私のあだ名でした。  かつて浮浪者であったころ、私はいつも曇り空を眺めていたのです。時にゆっくり、時にものすごい速度で空を泳ぐ雲たちは、飽きることなく見続けることが出来ました。  私は青空よりも、世界にうすい幕を下ろしたような灰色の世界が好きなのです。 「いやぁ、天井の低い部屋は落ち着かない。俺は空の下にいたいよ、シケさん」 「ははぁ、家持ちになったってのに酔狂なこった」 「家持ちたって、間借りの元便所部屋だよ。狭くて暗くて息が詰まる」 「そうさなぁ、曇天さんは運が悪かったべ」  私たちのような浮浪者というものは、最終的にはそうあることを選んだ人間が多いのです。不思議に思われるかもしれませんが、世の中の枠組みにうまく噛み合えなかった人々のなかには、そういう人は結構たくさんいるのでした。  この国は外で寝ていても飲み水もありますし、廃棄の食べ物もコツをつかめばいっぱい手に入ります。シケさんのように缶拾いで生きることも出来ますし、どんな人間でも雇うゴミだめのような倉庫だってあります。
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