丑の刻参り

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母は父にべた惚れだった。優男で頭が良くてすっきりした顔の父は昔からよくモテたそうだ。 母は父の大学の後輩だった。 出逢った時、父は同い年の女性と付き合っていたらしいけれど、恋人がいるからとあきらめたりせず、母は父に猛アタックしたそうだ。 二人の慣れ染めと結婚までの過程は父から聞かされたものだ。 娘の前でかっこいい男アピールをしているとも考えられる内容だけど、ふだんの父と母の様子を見ていると、父の話が嘘でないことがわかる。 「匡征(まさゆき)さんったら菜摘ばかりかわいがるのね。たまには私の相手もしてよ」 「菜摘、父親って生き物はね、娘をこの世でいちばん可愛がるものなのよ。だから、自分は可愛いなんておもいあがったりしちゃダメよ」 母がよく口にする言葉。 それは母の父への熱烈な想いを私に伝えると共に、ほんの少し、私を苦しめた。 父がいないのは寂しいけど、母がいないことに少しホッとする。 母は娘相手に嫉妬する、激しい感情の持ち主だ。 彼女はいくつになっても、母ではなく一人の女でありたいのだろう。 その気持ちはわからなくもないが、棘に晒されている身にもなって欲しい。 たまにはいい母親を演じてよ。 その言葉をなんど飲み込んだかしれない。
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