8.金剛 玻璃

9/14
前へ
/24ページ
次へ
口をつぐんで本を読み続ける白夜と、何も語らずその様子を眺める玻璃。二人の間は無音で。 白夜が本のページを操るその音のみが沈黙の空間を駆け抜ける。ぺらり、はらり、ぱらり…………。 彼には色がなかった。 その本をめくる細くて長い指にも、本へと向ける瞳にも。一つ一つの所作が投げやりで、意思を、感情を感じられない。 ただひたすらに、無色。 ねぇ、日輪君。君の瞳は一体なにを映しているんだろう。 あなたが今、目を落とすその本に書かれている文字と文字の間には何がある? あなたが時折、見遣る担任の先生の奥底には何がある? あなたがいつも振り放く蒼穹の向こう側には何がある? 彼はここに存在しているはずなのに、 彼の心はいつだって、ここにはいない。 絶対に感情を見せようとせず、世の中全てを冷たい目で見つめる。彼は勉強も体育も別格の成績だった。 それと同時に彼は異端な髪と眼を持ち、親がいない孤児院に住んでいたから。 「…………で? 君はわざわざそんなことを言うためにここまで来たのか?」 やっぱりかれの言葉は、瞳、所作と同様にどこまでも無色だった。 何気なしに、なんとなく問われたそれがやけに重たく、空間を支配する。言外に、「なんの用だ」と告げる声の波は、ぼんやりと白夜を見つめる玻璃の耳奥をゆらす。 なんの、用…か……。なんの用? そんなの決まっている。 どうしても、伝えたいことがあった。伝えなきゃならないことがあった。 玻璃は必死に自分の思いを表現する言葉を探して。 「さっき……日輪君、 自分の髪と瞳が嫌いだと、言ってたでしょ。」 ゆっくりと口に出した。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加