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翌日。もう授業も半分以上終わったというのに、まだ郁人が捕まらない。
あいつと俺は学科が違うから仕方ないのだが、いつもなら空き時間にはしょっちゅう俺のところに来るくせに。
おそらく、郁人にも昨晩の記憶はあるのだろう。しかし、気まずくて顔を見せないとなると、あのキスは酔った勢いの冗談ではなさそうだ。
授業が空いたので暇つぶしに部室に繰り出す。この時間は、郁人の授業も空いているはずだ。もしかしたら部室の方に来ているかもしれない。
意を決して部室の扉を開けるも、そこには誰もいなかった。もちろん郁人も。
あてが外れたが、いまさらどこかに出ていくのも面倒くさい。俺はパイプいすに腰かけ、その辺に放ってあった雑誌を手に取る。
すぐに雑誌を読むのも面倒になり、昼寝でもしようかとソファーの方へ移動する。いつの時代のか知らないが、誰かが持ち込んだものだ。
ソファーに寝ころんだ時、扉が開いた。反射的に起き上がる。
郁人だ。
「光汰……」
郁人は一瞬だけ固まったが、すぐに扉を閉める。
「あ、待て!」
俺も外に飛び出す。見渡すと郁人が猛ダッシュで逃げているのが見えた。脱兎のごとくってこういう時に使うんだな。
「待てえぇ! 郁人おおおお!!!」
大声で叫ぶと、さすがに郁人もギョッとして振り返る。
「ちょっと! 大声でひとの名前呼ぶなよ!」
「知るか! お前が止まればいいだけだろ!」
大声で言い合いながらキャンパス内を走り回る。二十歳にもなってなにやってんだ俺たち。
ようやく郁人が立ち止まったときには、お互いに息が上がってフラフラだった。
「光汰しつこい……」
肩で息をしながら、郁人がこちらを睨んだ。
「お前が、俺を……避けるから、だろ……」
俺も今はまともに会話できる状態じゃない。しばらくの間沈黙が続いた。
だいぶ息も整ってきたところで、郁人が膝についていた手を離した。とっさに郁人の腕を掴む。これ以上逃げられるわけにはいかない。
「離せよ……」
「離したら逃げるだろ」
郁人を見ると、昨日と同じ顔をしていた。キスする前の、今にも泣いてしまいそうな顔。
少しの沈黙の後、郁人が小さく呟いた。
「もう逃げないから……」
俺は黙って手を離した。郁人は逃げなかった。ただ、俯いて立っているだけだ。
「部室行こう」
郁人はそう言うと、スタスタと歩き出した。俺も後に続く。
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