0人が本棚に入れています
本棚に追加
私は目の前の男を追っている。
赤のマウンテンパーカを着て猫背気味に歩く男は、40代くらいに見える。
ジーンズの尻ポケットから膨れ上がった長財布が飛び出している。きっと防犯意識は低くて暗証番号に生年月日を使うタイプだろう。レシートも捨てずに溜め込むから家も使わない物で溢れているんだろう。
男は、私に全く気づかない。
変わりばえのない住宅地を縫って、うねるような道を登っている。このほど15分ほど後をつけている。
午後9時を回ろうとしていて、そろそろ男の家についてもいい頃だ。
街灯が何度か男を黄色く照らした。私は光を避けた。
「何とか荘」とかいう類の古いアパートを想像していたが、男が入っていったのは意外にも一軒家だった。
鍵を取り出して中へ入って行く。
結局一度も振り返らなかった。
リビングらしき窓に明かりが灯ったのを見届けると、私は来た道を遡って、風景を記憶しながら真っ直ぐ家路へついた。
翌日。
昨日と同じ最寄りのスーパーで中年男を待つ。
今日は休日で何時までも待てると思い、同じ階のオープンカフェでコーヒーを飲みながら通路を眺めた。
午後4時。昨日と全く同じ赤のマウンテンパーカで現れたから、すぐに気がついた。
私はキャップで顔を隠し、男をしばらく観察する。
昨日は当てもなく歩いていたのが、今日は誰かを探すように商品棚からしきりに顔を出している。
金管楽器で奏でられる店のテーマソングが、張り詰めた空気を覆い隠す。
手頃な女性を探しているんだろうか。
昨日の私のような。
男を不憫に思った。
何をそんなに飢えているんだろう。寂しいんだろう。
昨日の夜、男が私に話しかけて来たときのことを思い出す。
買い物をしていた私は、店内行く先々で同じおじさんに会うなあと何となく気づいていた。
おじさんは立ち止まって商品を見る風でもなく、ただ私を追い越したり横切ったり当てもなくぷらぷらしている。カゴも買う物も手に持っていない。
いよいよ怪しく、きっちり巻いてから家に帰ろうと思っていた矢先、背の高い商品棚の間で缶詰を吟味していた私に、男が話しかけて来た。周りには誰もいなかった。
最初のコメントを投稿しよう!