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「アケミ、じゃないのはわかってる……。だけど行かないでくれ。お願いだ。似てるんだよ、死んだ妻に……」
男の声が私の背中に降りかかる。
勝手に死んだ妻と姿を重ねないでくれ。
あんたの人生にとって私は脇役だけど、勝手にそんな重たいものを持たせないでくれ。私の人生の主役は私なんだから。
迷惑、と言い返してやろうと思って振り返った。
その気持ちはすぐにしぼんだ。
男が、年甲斐もなく大粒の涙をしきりに流しているからだ。
顔を歪めて、閉め切らなかった蛇口のようにちょろちょろと涙を流す様は、滑稽だった。
店のテーマソングが軽快な金管楽器を鳴らす。
私は男にポケットティッシュを差し出していた。
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