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私はため息をついた。
「怖がらせちゃったよね。ごめん」
「もういいけどさ……。実際は奥さんじゃないでしょ。こんな小娘とごはん食べて、気が済むわけ?」
焼きカレーが運ばれてきた。
熱いのでお気をつけください、と忠告されながら石窯の乗った木の皿が置かれる。
カレーとチーズが石窯の淵であぶくをふかしていた。
熱気が顔にかかる。
私はおじさんにスプーンを渡してやった。
それだけなのに、おじさんは嬉しそうな顔をした。
焼け焦げて縦割れしていた大木に、横に切れ目が入った。
「いただきます」
「いただきます」
おじさんはちゃんと挨拶をする人のようだ。
スプーンを縦に入れて、カレーとごはんを絡ませる。チーズもすくって、息を吹きかけてから恐る恐る口に入れる。やっぱり熱くて、口をぱくぱくさせながらカレーを舌で転がして咀嚼した。
「土曜日のお昼みたいだな」
おじさんは、一口目を飲み込み終えるとスプーンを止めていた。
疲れ切って、休憩をしているようだった。
食べる、という行為にも体力を使う。
私が黙って見つめていると、
「いやあ、ほら、金曜の夜がカレーだと、次の日のお昼は、ごはんにカレーとチーズをかけてチンしたやつ、定番じゃない?」
おじさんの小さく黒い目が濡れている。だけど期待を込めて聞く顔はさっぱりとしていた。
くる夜くる夜、ひとりで過ごし、迎えたお昼もひとりで過ごしたのだろう。
きっと、金曜日、とか、土曜日、とかの節目もなく、今日はカレーだから明日の昼は焼きカレーだなとか考えることもなく。
「予想する」ということは、自分以外の何かの働きかけがないと、できない。
懐かしい思い出を思い出したときの小さな興奮を、おじさんは静かに感じているようだった。
「うちもそうだったよ」
私はカレーとチーズとごはんをぐちゃぐちゃに混ぜる。
北澤さんは形を崩さずに、地層を保ったまま食べる派のようだ。
おじさんは小さく微笑んで、二口目に取りかかった。
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