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北澤さんのほうが、食べ終わるのに時間がかかった。
私が水をちびちび飲んでいると、北澤さんは少し慌てたようにスプーンを往復させる。
「慌てなくていいよ。疲れるんでしょ」
おじさんは困ったな、というふうに笑った。
「よくわかったね」
水を含んで、口の中のカレーを一度流し込む。
少し動きを止めたおじさんは、口を開いた。
「人と喋ると、妻のことを忘れると思ったんだ」
私は黙って見つめる。次の言葉を待った。
「妻が、アケミが、過去のことになると思った。忘れるんだろうって。自分が怖かった」
「うん」
「だけどあなたと話しして、顔は似てるけどアケミとは全く違って」
「そりゃそうでしょうね。アケミさんって、私みたいにガサツじゃなさそう。カレー作った次の日に焼きカレーにしようだなんて工夫、私にはできない」
北澤さんはまた笑った。
「全然違ったけどね、食べていても、話していても、きちんと妻を思い出したんだ」
北澤さんは残った焼きカレーを見つめている。もう湯気は立っていなくて、薄い膜を張っていた。
「きっと今の僕は、アケミがいたからここにいるんだ」
「……あなたの中で生きていますよ、ってやつ?」
北澤さんは、声を出して笑った。
一ヶ月以上前は、快活に笑う人だったんだろう。
「今も忘れないよ」
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