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「虎くんはトウモロコシと玉ねぎをお願い。あ、玉ねぎは輪切りにして楊枝を刺してね」
「っせぇ、わかってんだよ。つーか馴れ馴れしい呼び方すんじゃねぇ!」
いちいち喧嘩腰で口答えをしてくるものの手際は悪くない。普段は人や物を殴る為に使っているだろうそれは流れるように葉や皮を剥き、迷い無くトントンとまな板を鳴らす。
意外すぎる展開に面食らったが、奇しくも人選は間違っていなかったようだ。
「凄いね君。家でもよく料理していたの?」
自分の作業を進めながらひょいと覗き込むも、睫毛が被さった縦長の瞳は手元に固定されており「別に」と抑揚のない声が返ってくる。
それでも返事があるだけまだましだ、あまり素直でない未成熟な虎は一人を好むが、それでも人との関わりを完全に絶ったわけではないのだろう。その証拠に今、彼はここにいる。
その気になれば大量の野菜を抱えた望を見捨てることもできただろうし、初めからこの場に来ない選択肢もあったはず。そもそも他人との距離が通常より密接になりうる全寮制の学校なんて選ぶはずがない。
しかし紛れも無い事実として秀虎はこの場に立っている、それが全てだ。
けれど悲しいかな、野生の本能とでも言うのだろうか、周囲を威圧する習性だけは抜けきらない。目的は不明だが、もしそれが己を守るための行動だというのなら、余計な敵ばかり作り上げてしまう彼はさそがし生きづらいだろうに。
もっと上手くやれないものかと思ったが、それを口にするのはさすがに下世話というものなので、ひっそり胸の内に秘めておく。
*
それにしても秀虎は口数が少ない。
人や物でごちゃついた調理スペースは常に騒がしく、重複しすぎて何を言っているのかも聞き取れない程に密度の濃い人の声や、靴に踏み締められた砂利と食材を取り出す際にビニール袋が奏でるノイズ、そして蛇口から鳴る水音が絶えず鼓膜を震わせてくるというのに、望と秀虎がいる空間だけはいやに静かだ。
包丁とまな板が触れ合う僅かな音が、膨れ上がる喧騒に混じって掻き消されていくこの小さな世界は、ここだけ時間がゆっくり流れているようで存外居心地は悪くない。
そっと隣に視線を送ると、伏せられた目はすっかり落ち着いた色をしていて、深く刻まれていた眉間の皺も綺麗に消えている。効率を覚えた手つきは作業スピードも上がっているように思う。
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