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「つーかお前いつまでいんだよ、さっさと着替えて自分の部屋帰れ」
彼に限らず、望のセフレになる者は皆一様に行為が終わった途端に冷たくなる。それが例え、誘ってきたのが向こうからだとしても。
「呼び出したのは先輩のくせに」
さすがに腹が立ったので、声の調子が嫌味にならないよう気を付けながら冗談混じりで言い返してやると鋭く睨まれた。
「あぁ? お前調子乗ってんのか。望のくせに」
「はーい、ごめんなさい。素直に帰りまーす」
長居は無用だと判断し、そそくさと身支度を済ませる。
望のくせにと言うけれど、その望の体を必死に掻き抱く彼は何なのだろう――心の中でなら舌打ちをしたっていいのだ。外見が笑顔であれば。
半ば追い出されるように部屋をあとにした望は、気だるい体で寮内をフラフラ歩いて、不意に立ち止まる。
ゆっくり顔を上げると、窓いっぱいに天色が広がっていて、澄み渡る空とほんの少しの白い雲が、穢れた望を見下ろしている気がした。
けれどすぐに首を振る。
そんなわけが無い、空はただそこに有るだけで、望を見ているわけではないのだから。
「もうやめよう……」
誰もいない寮の廊下、人知れず零れた声は静かな空間に溶けていった。
色付いた葉が落ち始め、冬の足音が聞こえはじめる季節。辺りの景色はどこか物悲しく寄り添い、かと思えば月日の流れと共に去っていく。
季節も人も変わらない。一方的にやって来て、ほんのひとときを共に過ごしても、また向こうから勝手に背を向ける。
そういうものなのだ。と、諦めにも似た感情で悟った頃には、窓から見える景色も随分変わってしまった。
***
穏やかな日差しが色素の薄い髪に明るく反射して、桜の花びらを乗せた風が頬を撫でる今、高校二年生になった望は他人との爛れた関係からすっかり離れていた。
常から性欲が殆ど無く、不感症気味だった望にはそもそもメリットの無い繋がりだったので、いざ関係を解消しようと決めれば後は早い。ごねる者もいたが、度々世話になっていた風紀委員にそれとなく知らせればあっという間に解決した。
簡単に切れてしまう繋がりほど虚しいものは無い。しかし裏を返せば気楽であるとも言える。
後腐れなく程良い距離感で付き合い続けていれば、人脈というのは何かと役に立つ。だから積極的に人と関わるのはやめない。
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