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これはまずい、ここで空気が悪くなれば、後になって挽回するのは難しくなってしまう。けれども班に数人いる三年生は年長者であるにもかかわらず誰も動かない。
仕方無い、ここは俺の出番かな――と、望は即座に笑顔の仮面を取り付けた。
「秀虎って格好良い名前だよねー。虎っていうところが君にぴったり」
「あ?」
即座に唸るような声が返ってくる。
こちらを見下ろす好戦的な瞳はギラギラと揺れており、目障りだと言わんばかりに「んだテメェ」とじっくり迫られると、今にも掴み掛ってきそうな気配がするが、おそらくそれは勘違いだろう。
屈強な虎が非力な兎を狩るのに、ここまで迫力を出す必要なんて無い。つまり彼は捕食者の目をしつつも、大して身にならなそうな小動物はお呼びでないと、あえて遠ざけようとしているのだ。
「知ってる? 虎って基本的には単独行動を好むんだよ。君もそうなんでしょ」
「知らねぇよ」
舌打ちをして威嚇でもしているつもりなのだろうが、なんて事は無い。ついこの間まで彼よりももっと屈強で狡猾な肉食獣を相手にしてきたのだ。それらに比べれば、こんな若虎なんて子猫のようなものである。
「ね、せっかく同じ班になったんだから仲良くしよう。バーベキュー楽しいよ」
「くっだらねぇ」
望の言葉に聞く耳を持たない秀虎がサッと身を翻すと、春の風に乗って深みのあるスパイシーな香水の匂いが鼻をくすぐる。その発生源である彼が完全に背を向ける寸前に、すかさず野菜がたっぷり詰まったクーラーボックスをドサリと押し付けた。
「はぁ!?」
わけがわからないといった顔をしつつも、筋張った腕は反射的にクーラーボックスを抱えている。
「なんだよこれ」
短く整えられた眉を訝しげに寄せる秀虎に対し、望はにこやかに「君、野菜係ね」と愛想を振りまいた。
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