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「大丈夫、俺も一緒だから」
いいですよね、と後ろを振り返り、棒立ちの三年生連中に確認を取るが、反対なんてされるわけが無い。扱いづらい新入生を押し付ける事ができるのだから当然だ。
「勝手に決めんなよ」
うざったそうに吐き捨てる若い虎は知らないのだろう。二・三年生はあらかじめ役割が決まっており、一年生はそれぞれの先輩がリードして共に作業をする習わしなのだ。
しかしそれを説明する間もなく、秀虎は抗議を口にする。
「やるなんて言ってねぇ。さっきからあんた何なんだ、うぜぇんだよ!」
「だったら言わせてもらうけれど、君はこの量を俺一人でやらせるつもりなの?」
クーラーボックスの白い蓋を指先でトントン叩いて、試すようにじっとり見上げると、より険しくなった鋭い猫目がふっと逸らされる。
それなら他の奴でもいいだろうが、と視線を配ったようだが、時すでに遅し。他の班員は早々に機材等の準備に取り掛かっており、もうこの場には一人として残っていなかった。
「ね、もう君しかいないんだよ」
「知るかよ……」
突き放すような台詞も語気が弱くなってしまえば何の意味も持たない。今までのやり取りはこの瞬間の為。望は顔の前で両手を合わせて駄目押しの一言を放つ。
「お願い! 俺を助けると思って!」
「っ……」
こめかみにピクピク青筋を浮かべて舌打ちする彼は、もはや何も言い返してこなかった。
どうやら根負けしたのだろう。何も返事は無かったが、嫌々ついてくる足音はしっかり調理スペースまでやってきた。
「やっぱりね」
望は小さく確信する。不良は不良でも秀虎は比較的扱いやすいタイプだと。
群集でのみ力を発揮する卑劣な連中ならばいざ知らず、秀虎のように一匹狼気取って一人で突っ張っているような人間は、自分より弱い者にはむしろ優しい方なのだ。
優しい……とはいっても、それは不器用なもので、攻撃的な自分に近寄らないように威圧して遠ざけるなどという、非効率的な方法ばかりなのだが。
「じゃあ早速準備していこっか」
私服の袖を捲って水道の蛇口を捻る望の隣で、秀虎も当然のように手を洗う。
なるほど、こういう常識はあるらしい。
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