不良との出会い

9/14
前へ
/113ページ
次へ
 あっという間に指定した野菜を切り終えた秀虎は、こちらが何も言わずとも別の食材を手にして切り分けていく。頑なに拒否していた一方で、いざやり始めるとのめり込むのは彼の(さが)だろうか。  そういえば望自身も先のやり取り以降、一言も声を発していないと気が付いた。自分がどんな顔をしていたかも思い出せない。すっかり気を抜いていた。  それは常に他人の顔色を伺い、仮面を被って世を渡っている身としてはまず有り得ない事で、普段から表情や声色には特に気を配っていた筈なのだが、知らないうちに自然体で過ごしていたらしい。  本来ならば慌てて取り繕う場面なのだろうが、今だけはこのままでも良い気がしてくる。  場を盛り上げる必要も無く、機嫌を取る必要も無い。気を遣わなくて良いのは想像していたよりもずっと楽だ。  こんな感覚はいつぶりだろうか、家族でない他人となら初めてかもしれない。 「おーい望ー、そっちはどうだ? 手が足りねぇなら手伝うぜ」  ふいに心地良い空間に入り込んでくる足音が耳に届く。ひとつ咳払いして、サッと笑顔を貼り付けた。 「わぁ先輩、ありがとうございます。じゃあこれを持って行ってください」  切り終えた野菜が並んだトレーを指すと、班長は目を白黒させて「早いな!」と感嘆の声を上げる。  無理もない、他の班は少なくとも四人以上で取り掛かって、現時点でようやく進捗は半分といったところなのに対し、望と秀虎はたった二人で殆どの作業を既に終了させているのだから。  無駄口叩かずに集中出来たからね――と声に出さず含み笑む。会話もなく手だけを動かすなんて、人によっては味気ないと思うかもしれないが、個人的にあの静かな空間は気に入っていただけに、それが終わってしまったのが少し残念に思う。 「へー、もう終わったんだ」 「すげぇー」  機材の準備を終えた班員がわらわらと集まってきたので、それとなく秀虎を盗み見ると、見事に眉間の皺が復活していた。現実に戻されたのは望だけではなかったようだ。 「お疲れ様」  使った調理器具を洗う秀虎に(ねぎら)いを口にすると、飴色の瞳だけがほんの一瞬だけこちらを向き、瞼が下りて開いた瞬間にはもう手元へ戻っていた。  それからこれは目の錯覚かもしれないが、ごく僅かに首が縦に振れたような気がしなくもない。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

438人が本棚に入れています
本棚に追加