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 朝靄に包まれた川をボートが進んでいく。ガイドがボートをこぎながら、ガンジス川で沐浴すると、全ての罪が洗い流されるのだと説明してくれる。  川岸には色とりどりのサリーをまとった女性たちが、まるでお風呂につかるように川の水を体にかけている。別の場所には上半身裸の青年たちが川の水で頭を洗ったり歯をみがいたりしている。座禅の姿勢で祈っている僧もいるし、洗濯している女性たちもいる。  小春は、開けた口を閉めるのも忘れて、目の前の光景に圧倒されていた。インドというのは様々な人たちが住んでいて何でもありな国だとは聞いてはいた。が、知っているのと実際に目で見て肌で感じるのとは大違いだった。  小春たちがインドに到着したのはおとといの夜だ。その日はすぐにホテルに泊まったが、昨日はサルナートという仏教の聖地を観光した。広々とした芝生に遺跡が点在していて、時間の流れが止まっているような場所だと小春は思った。そして、三日目の朝はガンジス川の観光から始まった。ここ、ガンジス川のすべてがごちゃまぜになっているカオス状態は、サルナートの雰囲気とまったく真逆だった。  小春は、一緒にボートに乗っている父と母の顔をそっとうかがった。母は少々潔癖症気味なところがある。そして父は生真面目だ。生活も祈りもいっしょくたになっているこの光景をどんなふうに受け止めているか、心配だった。 「あの煙、何ですか?」  母が岸を指さしてガイドにたずねた。 「亡くなった人を焼いています。灰を川に流すのです」  へえ、とうなずいている母の顔には嫌悪の表情はなかった。それが小春には意外だった。 「この聖なる川に帰ることがヒンズー教徒たちの願いなのです」 「宗教によっていろいろだなあ」  父が言った。頑固な父までがこの光景を受け入れている。小春は、心の底からほっとした。 「ああ、インドに来たって感じがする」  兄の夏夫がしみじみと言った。夏夫はかつて、この近くに半年も滞在して、地元の人間に間違えられるほどなじんでいたらしい。
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