1/2
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

 飛行機はゆっくりと成田空港に着陸した。機内から一歩外に出た途端、冷たい空気に取り囲まれ、旅の浮かれた気分が一気に吹き飛ばされる。三月の東京はまだまだ寒い。初夏の熱気の中にいた日々がもう遠い昔のような気がした。 「旅行楽しかった?」  小春のスーツケースを車のトランクに積みながら、夫がたずねた。仕事が忙しいはずなのに、空港まで迎えに来てくれたのが小春には意外だった。そして、それを嬉しいと思っている自分も意外だった。 「楽しかったよ」 「いいなあ。小春のところは、家族仲良しで」 「まあね」  複雑な思いで答えながら、小春は九日ぶりに夫の顔をしっかりと見た。少しやつれている。目の下にもくまが出来ている。眠っているのだろうか。ちゃんとご飯を食べていただろうか。夫の顔を見ると、小春は小さな妹からひとりの妻になる。  きっと家族をうまく続けるためには、相手に何をしてあげられるかを考えないといけないのだ、と小春はふいに悟った。恋人同士だったときは、相手にしてもらったことばかりを数えていた。でも、家族になったら違う。家族というのは自分の体の一部みたいなものだ。いろいろ不満や不具合があっても切り離すことはできない。  だから、いたわって思いやって過ごさないとダメなのだ。傷つけたダメージは自分に返ってくる。近すぎて当たり前すぎて、失うまでその大切さに気付かない。 「インドいいなあ。俺も一度行ってみたいんだよね。ほら、インドに行ったら人生変わるとか言うじゃない。小春も何か変わった? インド効果あった?」 「どうだろ。ちょっと変わったかな」  小春はつぶやいた。何がどう変わったのかは分からないけれど、確実に何かは変わっている。車窓から東京の整然としたビル群を眺めながら、こことはまったく違う時間が流れていたインドに小春は思いを馳せた。最後の家族旅行はまるで夢のように楽しかった。たぶん、一生忘れないだろう、と小春は思った。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!