(1) 妻の怜子との結婚記念日

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こんなものは考えたって仕方がない。 たとえ、失敗したとしても、それは僕だけの失敗というものではないだろう。 こんなことを頼んだ住職の方に責任の半分はある。 意を結して、筆にたっぷりと墨を含ませた。 住職は、いよいよかと、膝で立って身を乗り出す。 微細な雨粒が、僕のカッターシャツの襟を濡らして気持ちが悪い。 太い筆を、墨が滴らないか注意しながら持ち上げて、4曲に折り目の付いた2つの屏風の内の、右隻の屏風に、「無事如意」と、これでもかというぐらいに勢いよく書きなぐった。 「ほう。」と住職が低く唸る。 なにが、「ほう。」なんだか。 この「無事如意」というのは、僕の造語だ。 ある時、僕は「百事如意」と書かれた額を、どこだったか、 確か京都の東山のどこかのお寺で見たことがあった。 その伸びやかな言葉の響きが、どうにも気に入って、どこかで書いてみたいと思っていたのだ。 でも、時がたつにつれて、その百事如意という言葉が、どうにも歯がゆい言葉に感じて仕方がないようになってきたのである。 そんな伸びやかさは、今の僕には絵空事でしかない。 自分の思うようになるものなんて、何一つとしてないのだから。 そんな思いで考えたのが、「無事如意」である。     
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