(1) 妻の怜子との結婚記念日

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怜子を見たら、そんな僕の心配など知らぬかのように、目を細めて僕を見ていた。 テーブルに置かれれた小さなキャンドルの炎が揺れていた。 妻の怜子は、嬉しそうに見ている。 僕は、テーブルにセッティングされているナイフのニッケルシルバーの刃についた無数の小さな傷が、光の反射で浮き上がるのが気になって仕方がない。 レストランの照明が、蛍光灯でないので、助かった。 安食堂の蛍光灯の白いライトの下で、その無数の傷を見たら、舌の先に金属の違和を感じていただろう。 僕は、どうもニッケルシルバーであっても、あの金属が口の中に入る感じというか、味が大の苦手なのである。 目の前のキャンドルの温かいライトに浮かぶ傷は、金属の味よりも、その傷がつくのに掛かった時間の長さを僕に言いたげである。 このレストランを訪れた人が、このナイフを握って食事をする。 男性、女性、若い人、年老いた人、或いは、出会いの瞬間であり、別れの瞬間であり、何百人もの人が、このナイフを、握ったり、離したりしてきたのである。 握る。 離す。 握る。 離す。 このナイフは、明日もまた、このテーブルにあって、誰かに、握られ、離されるのだろう。 物には、それを使う人の魂が宿るという。 たとえ一瞬でも、指から握った人の何かが伝わっていてもおかしくはない。     
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