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わかってる。
スズ姉自身が『お目こぼし』と言ったように、本当は、あの唐突な別れ限りで会えなくなって然るべきだったのだ。
それを曲げて、彼女は僕に会いに来てくれたのだ。何度も。
あんなにも愛情を注いでいた娘を忘れてしまった小父さん、小母さんを思えば、僕はなんて幸運なんだろう。
僕は彼女を忘れていないし、こうしてちゃんとお別れする猶予を与えてもらったのだから。
「…ひとつだけ、訊いてもいい?」
スズ姉が静かに頷くのを見て、僕はようよう口を開く。
これが最期だというのなら、訊いておかなくてはならないと、そうでなければ後悔すると、わかっていた。
「どうして、神様について行ったの?」
「ついて行ったわけじゃないよ」
「攫われたってこと?」
「攫われた、とは、ちょっと違うかな――絡めとられた、が正しい気がする」
「絡めとられた?」
「そう。言葉を良いように受け止められて、そのまま叶えられてしまったの。神様に」
『お前でなくても良いけれど、そろそろ子どもをひとり山に還してもらわなくてはな』
そう、神様から囁きかけられて、誰も連れてなんて行かせない、と応えた。
言ってしまった。
ただそれだけだったと、諦めを滲ませて彼女は告げた。
「私、神様になるの。なって、みんなの幸せを願うから――だから」
絶対、会いに来ないでね。
消え入りそうな、小さな小さな声で、スズ姉は続きを継いだ。
「私、ちぃちゃんを――私がいたことを忘れずにいてくれる、千尋を、神様になった私に連れて行かせたくなんて、ない」
だから、さよなら。
私のことはもう忘れてね。
お願いね。
それが、スズ姉だったひととの、別れだった。
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