君が帰る夏

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 僕たちの住む町はすごく広い。  だから大きな学校もたくさんあるけれど、それはここではないどこかの話で、僕のまわりは見渡せど――山。山。山。とにかく、山。  その中にぽつりと建つ――ちょっとした風が吹けばガタガタと屋根から窓から悲鳴を上げるような――レトロな木造校舎こそが、よちよち歩きの頃から通う僕らの学び舎だ。  つまるところ、保育園児に小学生と中学生を合わせても子どもの数はとてもとても少なくて、ここに通う全員を幼なじみと括れるくらい、お互いのことを良く知っていた。  スズ姉は僕より年上で、僕の記憶の中でも一番か二番目に古いだろう保育園の思い出には、既に仲良く登場していたので、たぶん、それよりずっと前からの仲良しだった。  友人たちは、山間一円そこかしこから、遠い子は車で1時間かけて学校に来るくらいあちこちに散らばっていて、放課後歩いて気軽に遊びに行けるような距離にない。  けれど、スズ姉だけは、子どもの僕の足でもほんの20分くらいしか離れていない――山の中に住む僕たちにとっての常識では――近所に住んでいたので、お互い珍しく一人っ子なのも手伝って、必然的に、学校に通うのも、遊ぶのも、勉強するのも、とにかく何でも一緒だった。  でも、今はもう、夏にしか――それも盆のほんの数日しか、会えない。  僕だってもう、スズ姉がいないと泣きじゃくる子どもではなかったけれど、常に隣にあったものがないというのは、それだけで物悲しく、言い様のない空虚な寂寥感がいつも胸のどこかにあった。  木々の緑も、空の青も、鮮やかな花々も、何もかもが色濃く命を謳歌するこの夏の盛りだけが、僕の世界が色褪せない、唯一の季節だ。 「ちぃちゃん、久しぶり。また大きくなったねぇ」  森深い、石造りの鳥居の前。  燦々と降り注ぐ夏の陽射しの中に佇む僕へ、まぶしそうに目を細めて、そのひとは笑った。  昔は見上げるばかりだった彼女より、いつしか頭一つ分背が伸びた僕も、負けじと笑う。 「おかえり」  良かった。  僕は――僕だけは、まだスズ姉を覚えているみたいだ。
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