57人が本棚に入れています
本棚に追加
青年は、無邪気に質問を重ねる僕との会話を楽しむように嗤って、奥鳥居の向こう、御神殿につながる石段に立ち上がり、こっちだと手招いた。
大人が遊んでくれるというのが嬉しくて反射的に駆け出そうとした僕を、つないだ手をそのままに、頑として動こうとしないスズ姉が止める。
「ちぃちゃん、だめだよ」
「どうして?」
「知らないひとにはついていってはいけないの」
「ここいらのひとでも?」
「ここいらのひとでもだよ」
せっかく遊んでくれるのに。
もっとおしゃべりしたいのに。
小さく駄々をこねる僕を、それとね、とスズ姉は優しく諭した。
「あの鳥居はくぐってはだめ。おばあちゃんが言ってたもの。かえらずの鳥居だって。神隠しにあってしまうよって」
「かみかくし?」
「もうみんなに会えなくなるんだって。ちぃちゃんはそれでもいいの?」
「やだ!」
僕の世界は今も昔もひどく狭いけれど、それでもここが好きだったし、家族も、友人も――そしてスズ姉も、大好きだった。
いっとき気まぐれに遊んでくれる大人より、みんなに会えなくなる方が嫌だとはっきり思った。
僕らのやりとりを黙って眺めていた青年は、身のこなしも軽やかに、ひらり、石段を一足飛びに降りると、残念だ、とまた嗤った。
「いいね。良い姉さんだ。おまえを気に入ったよ」
良い姉さん、という褒め言葉に、スズ姉はほんの少しだけ警戒心の鎧を脱いで、はにかみながら、ありがとう、とつぶやいた。
その表情を満足げな様子で受け取ると、青年はすっと僕らが来た道を指差して言う。
「さあ、おまえたちはもう行きな。そろそろ本祭の行列が始まる頃合いだ。見逃したら次は7年後だぞ」
まだ保育園児だった僕には、7年後というのは想像もつかなかったけれど、とても先なんだろうと、大変だ、戻らなくちゃ、とスズ姉の手を引いて駆け出した。
「また今度あそんでね!」
僕は、大きく大きく手を振った。
青年もまた、手を振り返し、僕らの背中を見送っている。
僕らが駆けるほどにその姿は遠くなるのに、ぽつりと落とされた彼の言葉がなぜだか耳に届いたのだった。
「また、な」
半ば青年の顔を隠すその面は、朱を刷いた狐。
見慣れたはずの面から、口の端を吊り上げニィと妖しい笑みを覗かせるそのひとを、僕は、どうしようもなく怖ろしいと思った。
最初のコメントを投稿しよう!