頬をつたう

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「あの時ね、河沖くん『大丈夫?』って言ってくれたでしょ?」 「え?」 晴翔は覚えていなかった。 その自分の一言を。 彼女のあの言葉ばかりが頭の中を占めていたからだ。 「そう言ってもらえて気付いたんだ、私」 「気付いた?」 「あの頃、母親の病気が分かって、しかも、もう余命が長くないって知った頃だったの」 「そう、だったんだ・・・・・・」 初めて知るあの時の彼女の状況に、晴翔は驚きながらも、あの『悲しみ』という言葉があの時の彼女自身に繋がるのが分かった。 「あの時の私ね、何もない振りをして、平気な振りしてたんだ。妹たちのためにも私ぐらいは悲しいって泣いてちゃいけないって思いこんでいたから」 「そっか・・・・・・」 「だからね、河沖くんに『大丈夫?』って言われて、はっとした」 夏海の瞳は、あの頃の悲しさと寂しさを思い返す愁いを帯びていた。 「自分では泣いてないつもりでも誰かに心配させてるんだって。落ち込んでないふりして強がって・・・・・・」 あの頃の自分に対してくるしく苦い思いを持っているのが窺える掠れたような声だった。 「悲しいことなんて分かってるつもりになってた・・・・・・でも、そんな風にやり過ごそうとしてる私のままじゃ、結局周りを心配させちゃうんだって」 そう言った夏海の瞳は、もう愁いではなく優しさと穏やかさを湛えている様に晴翔には見えた。 確実に時が流れていることが感じられるようだった。
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