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第一章
一
「駕延たァ、禄でもねェ坊ちゃん帝じゃねェか!」
口角泡を飛ばし云ったのは馬喰と云う男である。この男、七尺七寸(凡そ二メートル十センチ)で筋骨隆隆の大男である。
馬喰と云うのは本名ではない。渾名である。馬超と云うのが本当の名前だ。字は雲鶴。渾名の由来となったのは、馬一頭分ぺろりと平らげてしまうところからきている。
生まれもっての大食漢なのだ。馬喰は渾名をつけられた十五から死ぬまで、この名で通したほど本人は気に入っていた。
その馬喰だが、今、酒家の盛り場で豚や猪の肉を思う存分平らげ、延塊や駕延の悪口をばら撒いていた。何年も伸ばしっぱなしの口髭には食べ滓が付いている。それを手で扱き落としながら、むしゃむしゃと肉を喰らう。
酒家には十人程の酔客が居た。
「おい、そんな事、後宮の誰かに聞かれてみろ。お前、首が飛ぶぞ」
酒に酔った中年が馬喰を嗜めた。
馬喰は、鼻で嗤い空かし、「この首、切れるもんなら切ってみなってよ。がはははは」
馬喰は自分の首根っこを、ぱしぱし叩きながら豪快に笑った。
「まったくもう」
と云って、裏から出てきたのは、酒家の女主人、鄭淑である。
鄭淑の両親は別れている。母方についた鄭淑は、母親の店であるこの酒家を二人で切り盛りしていた。しかしその母も昨年に病死し、鄭淑は此処を継いだ。
歳は二十一である。
「ほんと、宦官にでも聞かれたら如何するのさ」
宦官とは、去勢し、後宮に仕える者の事を云う。宦官は、しばしば町に降りてきては、庶人の暮らしぶりや情勢を見る。彼らは治安維持を主目的と掲げてはいるが裏は違うと、庶人は薄薄感づいている。帝の反対勢力に対する、制裁と実力行使を念頭に置いていると畏怖の念を込めて人々は噂しあった。
「ただ、運がいいだけだよ、あんちゃんは」
と云ったのは、別の酔っ払いだ。
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