1

2/6
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
教師という仕事は生徒が思っている以上に、体力勝負だ。一時間近く立ちっぱなしになりながら、口頭で説明し右手ではチョークを動かし続けなければならない。それでも俺の授業を熱心に聞いてくれる生徒なんて早々いないわけで、俺はたまになんでこんな仕事やってるんだろうなと思うことがある。 世の中にはそれはもうたくさんの仕事があるわけで、俺も教師なんかよりよっぽど向いてる仕事があるんじゃないかと考えたことがあった。それでも気づけば20年近く働いてきたこの学校を今更辞めるわけにもいかず、俺はただこの日常サイクルに飲まれていくだけで。今日だってまた、誰も俺の話を聞いてない教室で、俺はまた何度めか分からない三次関数の話をしている。話を聞いていない、というのはある一人を除いて、だけれど。 40代にさしかかり、最近長時間立つのが辛くなってきた腰を屈めて俺は数式を書き連ねる。昼休み直後の午後の授業、後ろから聞こえてくる小さないびきはいかにも間延びしていて長閑だとさえ思えた。その中に紛れる、俺の背中にぶつかる痛いほどの視線には気づかないふりをしている。見なくたってわかる、俺の授業をちゃんと聞いてるのはあいつくらいしか居ないのだから。 「ここまでで何か、分からないところあるか?」 静かすぎるくらいの教室内に俺の声が木霊する。すると申し合わせたように奥の方から一人、はいと手を挙げた奴がいた。その優等生然とした態度は呆れるくらい律儀で、真面目だ。佐山は遠くから俺としっかり目を合わせると、少しだけ頬を上げた。 「左側の等式、Xじゃなくて2Xじゃないですか?先生」 俺の授業で、唯一こうやって間違いを指摘してくれるのは佐山くらいだ。俺は慌てて等式に2を付け足し、小さく礼を述べる。佐山は何事も無かったかのように肘をつき、また俺の方をじっと見つめる体勢に入る。その視線はどうにもむず痒くて苦手だけど、俺の授業をしっかり聞いていることはひしひしと伝わってきた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!