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「またこの事件なの…」
食卓につくなりテレビを見、不快そうな顔つきで紘の母、和泉はぼやく。
ここで初めて食卓に並べられていた、自分のための朝食に向かっていた紘はテレビに目を向け、その内容を理解すると、不満げに溜め息をついてみせる。
「気をつけてよね、紘。学校終わったら、寄り道しないでちゃんと帰ってくるのよ?あんたは…」
「はいはいはいはい。いちいちうっせーんだよ」
和泉の言葉を遮り、紘はうんざりした様子で立ち上がると、踵を返し自室へと引き返し始める。
「小学生かっつーの。俺は」
不快な気分のまま自宅を後にした紘は、自身の通う南本高等学校へ向かう。
通学路には同年代の、同じ制服に身を包んだ生徒たちが全員同じ方向を目指して歩いている。
見たところ、誰一人として今朝のニュースについて対談している者も、それを気にかけている者もいなかった。
ほら、見ろ。誰も心配なんかしてねぇんだ。バカな大人たちが勝手に騒ぎ立てやがって…。
そんな何時もと何ら変わらない雰囲気は、校内に入り、教室に着いても同じであった。
登校完了時刻まで残り十分前後。
この時間帯になると、クラスの半数以上が既に登校し、残りの過半数の生徒たちが次々と教室に姿を現すので、自然と教室内は騒がしくなっていく。
席を立ち、それぞれ数人ずつグループになって固まる女子生徒たち。
教室の後方で固まり騒ぎ立てる男子生徒たち。
そのどちらでも、やはり今朝の誘拐事件のことなど話題にすら上がってはいない様子だ。
紘が席に着くなり、固まって騒いでいた男子生徒の内数人が、すぐに周りを取り囲んでいく。
それぞれが軽い挨拶言葉を掛け、紘はただそれに相槌を返す。
彼はクラスの中心的人物で、言わばクラスの権力者。
常に周りには誰かがいるのが当たり前。
暫くして、登校完了時刻を告げる鐘が鳴り響き、と同時に担任の栗原が姿を現す。
何やら強張った顔つきで、普段の明るさは全く感じられない。
そんな栗原の雰囲気を察知した生徒たちは、次第に声を潜め合い、やがて場には静寂が訪れた。
皆が、栗原を見つめる。
「……みんな……、もう知っているだろうけど…」
生徒が固く見守る中、重苦しく栗原は口を開く。
数人が固唾を飲み栗原の言葉を待つ中、紘だけは何の話か予想がついていた。
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