本編

26/30
前へ
/30ページ
次へ
しぃん、と静まり返った部屋の中、ただ紘の激しく脈打つ鼓動音だけが響いていた。 純子は更に一歩歩み寄ると、そっと紘の左胸に触れる。 「さっきから…ドキドキしてるね。わたしもだよ。同じ。紘も、わたしに会えて嬉しいの?」 はにかみ、自分を見上げる純子。 しかしこれは、純子ではない。 紘は乱暴に純子の手を振り払い、後退る。 一刻も早くここから脱出したいが、生憎ドアは反対方向。 強行突破は可能だが、純子が何を隠し持っているか不明な分、迂闊には動けない。 紘は唇を噛み締め、再び純子に向き直る。 先程より強めの声で、もう一度繰り返す。 「お前は神谷じゃない」 それでも目の前の少女は無気質な表情をするだけで、肯定も否定もしない。 ただ、紘を見つめる。 その雰囲気に耐えきれず紘の方から目を逸らし、荒々しい口調でそう考えた理由を口に出していく。 「…だ、だってそうだろ?神谷は……アイツは、もう死んだんだ。あの日……死んだ。だからここにいるはずがない!それに、お前……神谷と……顔が、違うだろ…」 確かに、そうなのだ。 紘の記憶に在る神谷 純子と、現在目の前に居る少女とは、明らかに顔が違う。 全くの別人なのだ。 艶やかで手入れの行き届いた黒髪。 細く整った眉。 鼻筋の綺麗な鼻。 ぱっちりとした二重に大きな瞳。 あの神谷純子とは到底似ても似つかぬ顔立ちをしている。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加