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栗原は自分の感情を安定させるため、一度深く深呼吸をし、先を続ける。
「…また、……また、誘拐事件が起こりました。しかも、この学校の近くです」
数人の生徒が驚愕した声を漏らし、再び教室内に雑音が飛び交う。
紘は不機嫌そうに溜め息をつく。やっぱりな、とでも言いたげに。
「みんな、静かに。それで、学校側も対策を考えています。とりあえず絶対に一人で帰らないこと。これだけは、必ず守って…」
一日の学業が終了し、時は放課後。
数人の生徒たちはまだ教室に残り、それぞれが対談し合っている。
そんな中、紘は殆ど空の鞄を持ち、帰宅するため立ち上がった。
「おい、紘」
突然背後から名を呼ばれ、反射的に振り返ると、片手を上げながら歩み寄る多賀森 良太の姿が。
紘同様、着崩れした制服、少し赤みの強い茶髪といった格好の、紘の親友だ。
「帰んのか?」
良太の一見、何気ない質問に、紘は訝しげに顔をしかめる。
紘は大人数で動くことを嫌うため、常に登下校とも一人きり。
普段ならそれが当たり前になっているので、帰り際に声を掛けてくる者は少ない。
その上、"帰るのか"とは、紘にとって全く意図の不明な質問なのであった。
「なんだよ、帰るけど?」
「……一人で平気か?ほら、例の誘拐事件の…」
紘が、無駄な心配を掛けられることを極端に嫌うことを理解している良太は、言葉を濁す。
良太の予想通り、紘はそれに対し不機嫌そうに返した。
「俺が、誘拐されるって?そう言いたいのか?」
紘はキッと良太を睨み上げる。
善意であることは理解しているが、それでも腹が立った。
この話題ばかりで飽き飽きだ。
睨まれた良太はばつが悪そうに頭を掻く。
「別に、お前だけに言ってんじゃないって。みんなに声はかけてる。ただ、お前はいつも一人だからさ、なんつーか、その…」
心配なんだ、とは中々素直に口に出せず、良太は口の中で言葉を飲み込んでしまう。
紘にはそんな良太の想いが伝わらず、不満げに溜め息をつくと呆れたように呟く。
「こんな歳にもなって、どうやって誘拐されるっつーんだよ、バカが」
「おい、待てって。まだ話が…」
引き止める良太を無視し、そのまま紘は教室を後にした。
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