本編

8/30
前へ
/30ページ
次へ
「何隠れてんだよ。冗談はやめろって!」 返事は、ない。 三人の姿も、気配もない。 今にも泣き出しそうに顔を歪め、健介は最も否定したい最悪的可能性を口に出す。 「まさか…、さらわれたんじゃ…!?」 「んなバカなことあるか!三人もだぞ、どうやって連れてくんだよ!?」 「だ、だって…他に考えられないし」 「どうせ隠れて笑ってんだよ。おい、出てこいって!」 健介と良太の二人が口論しているその隙間に、僅かだがコツ、という足音が聞こえてくる。 紘は聞き覚えのあるその音に表情を強ばらせた。 一瞬にして、昨日の恐怖が蘇る。 コツ、コツ、コツ。 足音は音を増し、近付いてくる。 それに比例して、紘の恐怖心や焦りも膨らんでいく。 良太も健介も、互いの口論に夢中で足音や紘の変化には気付いていない。 コツ、コツ、コツ。 音は間違いなく、路地裏の、紘の視線の先から発せられている。 にも関わらず、その正体は一向に姿を現さない。 コツ、コツ、コツ。 逃げなければ、早く二人に告げなければ、と思えば思う程に体は縛られたように動かなくなり、声は嗄れたように発せなくなってしまう。 必死に口をパクパクさせ、二人に訴えるが、全く伝わらない。気づいては貰えない。 紘はただ一人、迫り来る恐怖と戦っていた。 コツ、コツ、コツ。 足音が、また近くなる。 「……っ……ぁ……」 「──ん?」 ここで漸く、良太が紘に目を向けた。 尋常ではない紘の怯え様に二人は驚愕し、口々に声を掛ける。 「どうしたんだよ、紘」 「どうしたの…なに…?」 「紘…。おい、紘!」 「やだ、なに…?どうしちゃったの!?」 音が、近づく。 コツ、コツ、コツ。 「に、…逃げなきゃ…」 「逃げる…?」 「っそうだよ!早くここから─── !」 言いかけて、口を噤む。 一瞬にして、恐怖が緊張へと変わった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加