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ピン、と張り詰めた空気。
紘以外には分からない。
音が、止んだのだ。
それもすぐ近くで。
心臓が激しく脈打ち、鼓動が全身に伝わっていく。
冷や汗が噴き出し、歯がカチカチと音を立てる。
やばい。
よく分からないが、とにかくやばい。
そう何かが告げていた。
早く逃げなければ。
この場から、今すぐに!
紘は震える両手で良太と健介の腕をつかむ。
「…早く……逃げよう…っ!」
「誰から?」
コツ。
背後で、音がした。
良太と健介の驚愕した視線が、紘の背後にいる声の主に注がれる。
紘はゆっくりと、振り返った。
「会いたかったよ……紘」
そこにいたのは、同年代の黒髪の少女。
制服は他校の物らしく、南本高等学校のとは違っている。
少女はうっとりした表情で紘を真っ直ぐ捉え、甘い声でそう告げた。
紘はその少女の姿に、戦慄する。
姿形がどうと言うわけではない。
ただ、少女の右手に握られた物───濃い赤がべっとりと付着した包丁と、彼女の制服に点々と飛んでいる赤い滴に驚愕したのだ。
それは間違いなく、何かの血。
少女はまた一歩歩み寄る。
コツ。
「紘……紘……」
甘い声が紘の名を呼ぶ。
コツ、コツ、コツ。
紘は近付く恐怖の塊に耐えきれず、声を上げた。
「───っと、とまれぇ!!」
その瞬間、少女はピタリと静止した。
無気質な表情で、紘を見つめる。
紘も良太も健介も、皆頭の中で巡ることは同じであった。
なんだコイツ…。なんで包丁なんか持ってるんだよ、なんで血がついてるんだよ!
まさか…人殺し……!?
少女は固まったまま動かない。
健介はガタガタと震えだし、一歩後ずさる。
「…な、なんだお前は…。なんで包丁なんかもってる…」
紘は自分でも情けないと思いつつ、上擦った声で問い掛けた。
少女は小首を傾げる。
考えろ……思い出せ。
さっきコイツは俺の名を呼んだ。何度も呼び掛けた。
知ってるんだ、俺のことを。
思い出せ…誰なんだ、コイツ…!
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