いつもの時間

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いつもの時間

この時間になると一匹の猫が塀の上に飛び上がる。 私はそのうつくしくも優雅な動きに釘付けになる。 その至福の時間を邪魔するあいつが今日も私の視線を遮った。 「お前、俺に恋してるだろう」 なんだと。 私は猫に心奪われこそすれ、人間の男になど興味は持たない。 私の表情をどう受け取ったのか、そいつは無抵抗の猫を抱きあげて塀から降ろしてしまう。 途端に猫は走り去り、溜め息をつく私が残る。 「さっさとそれを終わらせろ。いつまでも俺を独占できると思うなよ」 む。 私は目の前の課題を睨みつけて、申し訳ございませんと謝った。 ほかに頼る者がいないとはいえ、こいつの手を借りているのは不本意で仕方がない。 だがそれも今日で終わりだ。 これまでありがとうございましたと頭を下げる私に、そいつは言った。 「これで終わりかよ」 なぬ。 何の文句があるのだ。 「なんでお前を特別扱いしてやってたのか、いい加減気付けよな」 私は一歩後退してまじまじとそいつを見た。 恋愛には興味ありませんと宣言する私に、そいつは言った。 「知ってる。けどだからって諦められたらこんなこと言ってないんだよ」 そのとき猫がにゃあと鳴いた。 いつもの猫が塀の上にいる。 あいつはいつものように猫を抱きあげて、しかし今回は私の近くに連れてきた。 「こいつは俺の猫だ。付き合うなら好きなときに触らせてやる」 なんですと。 私はかつてないほどに葛藤した。 そして言った。 触らせてくださいと。 「なら俺にも触らせろ」 私は覚悟を決めて頷いた。 するとあいつはこれ以上ないくらい優しく私に触れてくれた。 私は改めてそいつを見た。 悪い奴ではない。 むしろいい奴だ。 口が悪いところが苦手だったのだが。 すべて愛情の裏返しだったのだと知った。 「ほら、触れよ」 言われた途端に私は猫に意識を奪われた。 その後も私は猫に夢中だ。 そして内緒だが。 あいつの優しさに溺れている。
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